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日本でもダイヤモンドの販売が始まる

ダイヤモンド 日本初 宝石店 天賞堂 明治維新

日本初の宝石店

明治維新を迎えた日本は、海外の文化がなだれのように流れ込んできました。洋装、くつ、洋傘、かばん、肉食など生活面でも大きな変化を迎えます。宝石を装飾品として身につけるようになったのも明治以降ですが、それを販売するところがないと人々は手にすることができません。

日本で初めて宝石の販売を行ったのは、天賞堂という宝飾店です。天賞堂は現在も東京・銀座や横浜に店舗を構えていますが、創業は古く1879(明治12)年です。最初は印房店としてスタートしました。1882(明治15)年には貴金属の通信販売を始めています。さらに1889(明治22)年にはスイスやアメリカの時計を輸入して販売。1891(明治24)年に日本で初めてダイヤモンドやサファイア、ルビーなどの宝石を輸入し、販売を始めました。この店のユニークなところは宝石にこだわっていないところです。蓄音機やレコードなどをいち早く輸入し販売し、現在は鉄道模型を扱うなど、常に時代を先駆けた商品を扱っています。だからこそ、まだ超高級品だった宝石の販売にも着手できたのでしょう。

また、銀座にある丸嘉も1888(明治21)年に宝飾店としてオープンしました。現在も続く老舗で、昭和初期には銀座で富裕層がジュエリー選びを楽しむサロンを作ったことでも知られています。

日本で初めてのダイヤモンドブランド

宝石は宝飾店や時計店・貴金属店などで取り扱われるようになりました。そして、1965(昭和40)年についに日本初のダイヤモンドジュエリーブランドが誕生します。販売を開始したのは、大沢商会という会社です。大沢商会は1890(明治23)年に、柱時計の製造でスタートしました。その後、懐中時計をはじめ、多くの輸入品の取り扱いを行います。自動車の販売や映画事業にも取り組みますが、1965年にブルーリバーの販売を始めるのです。その4年後の1969(昭和44)年には優れたダイヤモンド企業に与えられる「タワー・オブ・アントワープ」を受賞します。

このタワー・オブ・アントワープは、ダイヤモンド研磨の土地として有名なアントワープにちなんで設けられた賞です。ブルーリバーは世界で6番目に、この賞を受賞したそうです。 このように宝石を扱う老舗は、時計や貴金属も扱っています。これは少しの傷も見逃さない審美眼などを持っているからでしょうか?細かい部品を扱い、品物の質を見極める時計店や貴金属商は宝石に対しての目利きもできるという証しだといえます。

一方で日本ならではの宝石にこだわったのが、御木本真珠店です。ここは創業以来ずっと真珠ひとすじで、皇室御用達で指輪やティアラの製作を行っています。それまでの海外からの輸入品だったティアラを国産にものでと命じられたことは、同社がジュエリーとしてのデザイン性向上を牽引してきたからだといえます。

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